拝啓 谷崎潤一郎様
「日本風」というレッテルも、もはや「不必要」です。
谷崎潤一郎の「陰影礼賛」を再読しました。
以前気がつかなかったのですが、驚いたことにこの有名な文章は、家を新築したばかりの谷崎先生の愚痴から始まっているのです。その意味で家を建てることを考えている人には是非一読をお勧めしたいものです。その重厚な“愚痴”の内容を要約するとザッとこうです。
谷崎先生は家を新築するに当たって、無論数奇屋風(日本風とも表記)にしたかったようです。特に先生がこだわっていたのは“素材感”(雅味)。居室はともかく、一番困ったのは浴室とトイレ(厠と表記)の造り方でありました。便利(近代)と風流のどちらを優先すべきか?先生の悩みは深い。先生は特にトイレの白いタイルが嫌いなのです。また、便器の純白の磁器もまったくお気に召さない。木製の便器をあつらえようともしましたが、過剰に費用が掛かると言われ、止む無く「西洋便器」(近代)を取り付けることになってしまいました。本当は「春琴抄」の盲目の令嬢“春琴”が使っている厠のようにしたかったのです。便器の下に鴨の羽根が敷き詰めてある、音のしないトイレです。余程頭にきたようで、日本が世界の文化の覇王であれば、日本風の便器が主流になるのに・・・というようなタラレバを書いています。「日本風」というレッテルを貼った「近代」のという意味でしょうか。
この文章が発表されたのは昭和8年(1933)で、それはナチスが政権を奪取した年でありますが、「近代の超克」という有名な座談会の10年も前に、西洋文明と日本風との対比を愚痴交じりに語っていることも興味深いことです。しかし1933年の時点では、近代はその基本的骨格をすでに整え終わっていました。
谷崎先生曰く「照明にしろ、暖房にしろ、便器にしろ、文明の利器を取り入れるのに勿論異議はないけれども、それならそれで、なぜもう少しわれわれの習慣や趣味生活を重んじ、それに順応するような改良を加えないのであろうか・・・」
私はこのくだりに少し暢気なものを感じます、第一次大戦の時点で、すでに世界は「総力戦」の様相を呈し、「文明の利器」は、大量生産可能な高性能兵器として「利器」となる時代だったのですから。ちなみに満州事変は2年前に始まっています。
それにしても、戦前だろうが現代だろうが「近代」が貫徹してしまった時代において「日本風」というレッテルは「必要」でしょうか?
私はそのレッテルは「不必要」と思っています。結果的に「自分たちらしいもの」になる。それが「必要」を基準にした設計手法の目標だからです。
陰影が「必要」。それは素材感を感じるために。
「愚痴」がひとしきり終って、谷崎先生は「陰影」について語り始めます。この言及のすばらしさが名著と言われる所以。前段の「愚痴」と後段の「陰影論」。このギャップのなかに、ポストモダンを生きる私たちにとってのヒントが隠されている気がします。
谷崎先生はまず「近代」を嫌いました。そして規格品ではなく「日本風ワンオフ」を目指しますが、実生活においては力及ばず、“文明の利器”(近代)を取り入れる。そこで「日本風」の“文明の利器”にしてくれ!と悲鳴をあげます。ここまでが「愚痴」。そこから素材感の深みと部屋の明るさについて語り始めます。
朦朧としたほのかな明かりの中でこそ、漆器や螺鈿の素材感の深みがはじめて見えてくる。先生はその例として、うす暗い食卓で漆器にあしらった御汁を飲む快楽を語ります。その出汁の味、湯気、舌触り、香り、そして静けさ。たしかにこれは、日本人にしかわからない快楽かもしれません。よく「五感」といいますが、われわれ日本人の生活の豊かさは“視覚”だけではない。他の四感も使って感じる世界を大切にしたい。これが谷崎先生の言っていることだと思います。近代的な合理主義は「視覚」に重きを置きすぎている。だからすべて白く、明るくして清潔感とかいうのだ。触覚、聴覚、味覚、嗅覚。陰影の中でこそ、それら四感が研ぎ澄まされるのかもしれません。何でもかんでも「便利」を追求する。念のため「便利」を撒き散らしておく。広告にあおられて膨れ上がる「欲望」と「物量」。そのなかで失われていく「豊かな感覚」。
しかし“楽しい質素”とは、視覚だけではなく、残された「四感」の世界が豊かで“楽しく”、傍で見ていると慎ましいと感じるほど、何もいらない、そういうスタンスです。必要なのは「日本風」というレッテルではありません。そのとき材料の出自が「日本風」か「近代風」かは、さして問題ではないのです。その意味では確かに「陰影」が必要。これは予算に応じて照明を減らすということとは別の事なんです。
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