住まい手にとって、住宅をデザインする意味がどこにあるかと言うことを、今までいろんな形で表現してきた。一言で表現してみると、「生活にまつわる概念の再構築」という感じになる。難しい言葉。
たとえば、「葉っぱ」という葉があるわけではない。イチョウとかカエデとか何千万種類も形の違うものがある。ただ、木の枝から生えていて緑色で風に揺れている、この共通の性質を持ったものを、我々は「葉っぱ」ということに決めている。これが言葉の本質であり、「概念」と呼んでいるものである。「概念」を使わなければ、コミュニケーションがとれないから、不本意ながら我々は「概念」を使って生きている。
家について考える。たとえば「寝室」。この部屋で寝なさい!という意味である。あるいは「ダイニング」。食事はここ以外しないでください!という意味である。「生活にまつわる概念」が、そのまま部屋の名前になっているのである。しかし自分にとって「寝る」とはなにか?あるいは「食べると言う行為」はなんだ?と考えていくと、自分らしい寝室やダイニングにしたくなる。たとえば、風呂場で本を読みながら考え事をしたり、ダイニングで勉強をしたいと思うかもしれない。それが自分らしいことであると思うかもしれない。
住宅をデザインすると言うことは、一般論である「生活の概念」ではなく、自分らしさとは何かを考えるプロセスなのである。そのようなプロセスを経て出来上がった家は、必ず住まい手にエネルギーを与え続ける。しかもその家は、永い間心地よい家になる。人間の個性や性格は、そんなに変わるものではないからだ。
安直なイタリア風や地中海風、あるいはデザイン住宅風という「概念」ではなく、真剣に自分らしさを考える。このプロセスは何にも代えがたく、すばらしい。子供のころ、親に「このおもちゃでここで遊んでいなさい!」と言われても納まらず、程よく「逸脱」したり「冒険」したりするタイプの人にはとくに、「生活にまつわる概念」の再構築を是非お勧めしたい。住めば住むほど脳みそが活性化していく家。それが住宅デザインの目指す到達点だと思っている。
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